海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

空虚なお城

なんか朝が異常に寒いので6時に起きても実験ができない。さすがに気温が10度を切っているとオスの動きも鈍くなるわな。ということで、8時前までぼんやり待機。アホみたい−。で、結局今日も何も進まないのね。もうやだ。つう事で昼前にどんよりした気持ちで大学へ。少人数授業2コマ。学生に、上、という言葉の意味を、上とか下とか言わずに説明させることに往生した。こういう自分が自明だと思っていることについての意識を、定義をきちんとさせることで持たせるのって、高等教育の大事な使命だと思うんだよね。どうでもいいか。帰り道、フッと途中の駅で降りて巨大電解質モールなどに寄ってみた。平日なので空いている。こういうのが自分のうちの最寄り駅にあったらどうなるかなって想像してみたけど、やっぱオレは自分のウチの周りは静かな環境であってほしいと思うのよね。

もう、終わりだね

あうあうあうあっという間に連休が終わってしまうじゃないですか。ロクになにもしなかったような気がする。進めようと思っていた原稿は半分ほどしかできず、ギンメッキ実験も後半で大失速して目標の6割ほどしか達成せず。今朝も全然ダメ。急に調子が悪くなっちゃった。で、せめて最終日くらい巻き返さなきゃ、と、町の寄り合いもサボって原稿書きしたらば、代わりにでていたヨメサンが忘れ物したから届けろと言われて、届けたらそのまま捕まって、時間を奪われる。うううう。ってか、この10連休、私にとっては講義日が2日無くなっただけで、あとは実験したりしてたからいつもと変わらなかったんだけど、普通の勤め人にはかなりの長期なわけで、体がこっちに適応してしまって、明日以降、通常の働き方がいかに異常であるか、痛感してくれたら良いのになと思ったり。いや、私でさえ、いつもと変わらないって言ったけど、雑用系のメールがまったく来なかったので、そういう面での楽さはあったよね。

低きに流れる

新しく借りた畑は10坪ほどある。結構広いので、少しずつ耕してトウモロコシを蒔き始めているのだけど、昨日は一畝分はナスとピーマンを植え付けろとヨメサンに言われたので、苗を求めて夕方一緒に植えに行く。畑をする時は水の確保が大事なのだけど、ここは用地の脇にバケツが埋めてあってそこに溜まった水を使うわけ。で、バケツの蓋を開けてみると、水がない。小さいバケツだからすぐ無くなるわなー。で、こういう時はどうするかというと、少し離れたところにある水路から水を引いてくるのである。というのもこの畑、以前は田んぼだったので、水を流す道がもともとあるのだな。で、ついにそれを初めて実行するのである。わくわく。ということで、ヨメサンが水路まで行って、1ヶ所せき止めて流れをこちらの畑に変える作業をする。と、見ていると枯れている溝に向こうの方から少しずつ水がやって来るのだ。わー楽しい。で、こちらの畑の領域に水が届くと、流れがまた変わって、土に埋められたパイプの中にどんどん水が入っていく。で、パイプの先にいくつもあるバケツをどんどんと満たしていくのだ。最後、私のところの近くのバケツの手間で水は再び地表面に現れて、敷地の脇の部分を通って最後バケツに流れ込むわけ。ここに来るとかなり水流も急で、あっという間にバケツが満たされ、あふれた水は近くの穴に吸い込まれていって、外の水路に流れ出ていった。で、これがまた見事に水が流れていくもので、良くできたピタゴラスイッチみたいと、結構感動する。田んぼの水を管理する技術ってすごいんだなあと思ったという。

混沌は秩序だ

なんか朝からおしゃれな奥様がウチにやってきた。上の子の高校の友達のお母さんらしく、そういえば去年二回ほどランチ会とかヨメサンが出かけていったなあ、と。で、なんか家の中の片づけアドバイザーとかしているらしくて、ヨメサンがアドバイスを頼んだのだそうな。ということで、私が庭で実験している横で台所の戸棚とか戸袋の中に入ってるものがわーっと展開されて大騒動になっていた。で、食器とか調味料とかのの片づけ場所が大幅に変更されていた。まあ、ヨメサンには使い勝手がよくなるのかもしれんが、私はまた新しい環境に適応しなきゃならないわけだ。かなわん。っていうか、世の中にはいろんな仕事があるもんだ。片づけとか整理とか、別に好き勝手にやればいいんじゃないの?効率なんて求めなくて良いのでは?

休日らしいこともする

憲法記念日ということで、ヨメサンは隣町で開かれる護憲集会に出かけていった。議員と市民が共同でアピールをしてデモをするらしい。で、ヨメサンはこういうのが苦手。まあわかるよ。昔ながらの歌うたったり鳴り物使ってアピールするようなやり方では、むしろ普通の人の反発を呼び込むだけで、改憲に抵抗する時の力を高めるどころか削ぐ方向に働きかねないからね。まあでもおつきあいというのもあるし難しいね。その間私は畑に行ってトウモロコシの種を蒔き、出てきてたスギナとかの草むしりをし、さらに来週以降トウモロコシを蒔く場所の土作り。そして今日は近所の友達家族と庭でBBQなので、その準備。程よくするうち夕方になり、BBQが始まる。一昨日買ってきた自然派ワインをしこたま飲んだら途中で寝てしまい、気がついたらもうみんな帰っていた。自然派ワインは気持ち悪くなったりしないけどさすがに大量に飲むと意識を失ってしまうらしいことがわかった。

言行一致

今日も朝は実験して、できた個体をS宮さんのところに送り、補充のギンメッキをとってきて11時。ギリギリ出発時間に間に合った。今日はたまねぎ島にS田さんのお宅を訪ねるのである。私の目論見は同輩薪ストーバーであるところの彼の持つ斧を使わせてもらうこと。ウチの斧はちょっと軽めで最近手に入るようなねじくれた丸太には少々非力なので、新しいのを一本ほしいなと思ってたのである。けど、斧は決して安くない。試し割りとかしてから買いたいじゃん。で、ヨメサンもついてくるのだけどヨメサンの目論見はS田さん家の畑と山のある暮しを見せてもらうこと。彼女の仕事の糧になろうかという狙いだな。つうことで14時に着くことを狙って、11時に出れば渋滞してても島で一時間くらいお昼食べる時間をとれようかという計画だな。ところが10連休をなめとった。結局三時間かかって、お昼も道の駅で残っていた赤飯買って走りながら食べたという。で、14時過ぎに到着して、早速色々見せてもらう。なんと電動薪割り機があった。手動のもあった。しかも材の量も半端なくある。これ5年は持つぞ。負けた。。。いいなあ空間に余裕のある生活って。それから畑を見せてもらい、図々しいヨメサンが本領発揮でいろいろもらってしまう。ノウサギの糞とかキジの鳴き声とかあって、すげえ羨ましい農村生活だ。いや、私、生態学ってのは私たちの生活の見直しを迫って来ることに意義のある学問だと思っていて、そういうことを述べ立てている生態学者は、その自分の生活のありようが問われるべきだと思っているのよね。だからこそ、私も畑で野菜を育てるし冬の暖房は薪でやるしムダな消費は極力避けるようにしているわけだけれども、このラインにおいてはS田さんに完敗である。ってか生態学会の中でもっとも尊敬すべき人はS田さんだと思う。私も彼の足下くらいまでは到達したい。で、最近買ったという「田んぼ」も見せてもらったのだけど、30年たった放棄田らしい。ここです、といわれて見せてもらったところはただの薮。30年も経てば木も生えてくるわけど、ここをS田さんは田んぼに戻そうと思っているとのこと。すごい。すごすぎる。つうことで、斧も使わせてもらう。このフィスカースはなかなか良い斧だということがわかった。安いし購入を検討しよう。と、ヨメサン共々感動して帰ってくるのだけど、帰りも高速は大渋滞だ。とりあえず海沿いのいけす魚屋でタイを一匹求めてそこで半分刺し身にして食べ、残りはお土産にして、ちりちりと島の最北端に向かう。西側を走ったので夕日がキレイだとヨメサン談。で、やっとついたら1930。そこからノロノロになり、やっと橋を渡り終わったのが2100過ぎ。垂水を越えるとあとは止まることはなかったけれど、スピードもあまり出ず帰宅は2210。道中は大変だったけれど、大変有意義な一日であった。どうでも良いけど、たまねぎ島の食料自給率は110%ほどらしい。来るべき日本経済崩壊とそれに伴う食料供給難の時代には、2つの橋を落として島は鎖国すべきであろうと思った。

懸案解消

ここ一ヶ月庭にはビニールシートを引いた上に割る前の薪が積み上がっており、これを何とかするのは連休中の重要課題である。つうことで、朝に帰ってきたヨメサンと、長いものはチェーンソーで切り、切ったものは割り、割ったものはラックに詰めるという作業に勤しむ。問題は、詰めるプロセスであって、というのは既に薪ラックの前や空いている空間には、ギンメッキが多数網を張っていて実験されるのを待っている(←待っていない)。つう事で彼女らを避け避け薪を詰める。できた。のでビニールシートを取り除いたら春の一番良い時期に下敷きになっていた芝が悲惨なことになっていた。復活するだろうか。夜、明後日バーベキューをするので自然派ワインを用意しようと川向こうのワインショップまで。