海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

研究生活最大のショック

朝、交尾の後にメスの交尾器を壊してしまうクモを発見という記事がナショナルジオグラフィックのサイトに出ているのに気がついてのけぞる。この日記でもたびたび書いてきていた事だが、私もギンメッキゴミグモで交尾後にメスの交尾器が破壊され、それによりメスの再交尾能力が失われる事を発見していたからだな。種は違えども、全く同じ内容の研究だ。これは世界で初めての発見なので、私的には興奮して1年半いろいろ実験してきていたところ、全く同じ研究が他所から出たという事は、発見者は私じゃない事になってしまうわけで、とても辛い。実際は独立に二つの研究が行われていたわけだが、科学の世界では論文の出版が全てなわけで、いくら「私も見つけていた」って言っても仕方ないわけ。いや、こういう事は生き馬の目を抜く最先端の生命科学分野で起こるもので、まさかのどかな動物行動学分野に暮らす私がこんな経験をするなんて思わなかった。。。いや、本当は少し可能性があると思っていたけど、まさか現実に起こるとは。。。という。

で、Current Biologyに載った当該の論文はSecuring Paternity by Mutilating Female Genitalia in Spidersというもの。悲しい事にabstractと縮小された図しか見れていないが、この論文では、交尾の前後でメスの交尾器の変化を観察してその一部が壊れている事、壊れたメスにさらにオスを仕掛けても再交尾に失敗する事、壊れていないメスなら再交尾できる事、人為的に未交尾メスの交尾器を破壊した場合も再交尾しない事、二回の挿入からなる一連の交尾行動の途中の一度目の挿入後には交尾器は壊れていない事、が示されているようだ。加えて交尾中のペアを液体窒素で凍結してCTを使って観察する事でオスの交尾器が、破壊されるメスの部位をがっちり挟んでいる事を確認し、交尾が終わって離れるときに捩じ切っているのだろうと推測している。で、この内容までが、液体窒素を使ったところを除いて、私の行ったものと全く同じという。液体窒素の使用は私もやりたかったのだけど、私学文系の貧弱な設備では困難で、かつ、確かにあればいいけど本質的に重要なデータじゃないし(オスの交尾器がメスの破壊部位を挟み込む事は既に他の種で示されている)、と思って見送ってたものだ。

そして、先を越された私だけれど、実は7月に同じCurrent Biologyに自分の原稿を投稿していたのだ。だけど、主に、オスが破壊しているかどうか確実ではないという理由と、研究規模が小さい、という理由でリジェクトされたのである。私的には、前者の問題は意識していて論文では交尾器破壊の再交尾抑制能を中心に書いてオスの果たす役割はスペキュレーションに止めており、また後者についてはサンプル数は十分だしハイテク機械を使わなくたって結果が明らかなんだから問題ないと思っていて、少々釈然としないリジェクトだったけど、まあ仕方ないから諦めて、今は別のところに投稿中なのだな。それが、ほとんど同じ論文が同じ雑誌から公表されたのだ。そりゃ確かに向こうの方が優れているのだけど、なんだかなあと思ったっていいだろう。オスによる破壊がスペキュレーションであるのは今回の論文でも同じなわけで。CT使うのがそんなに偉いわけでもないだろう(だけど、こういうところで負けてしまうという現実があるので、研究による競争力を高めたければ、設備他の研究環境を整えなきゃダメですよほんと)(ここの部分、早とちりでした。すみません。追記をみてください)。

で、向こうの投稿日を見ると、私の投稿より40日も遅いのだ。40日遅いと言っても行動データを揃えて論文書くのは不可能だから、向こうが査読過程でこっちのを見て慌てて研究コピーしたわけじゃなく、本当に偶然で同じ研究が独立に行われていたということだ。まあ、私の原稿の査読が向こうに行ってる可能性はあるとは思うけど。それはともかく、もうこれでメスの交尾器破壊の第一発見者は私としては認められなくなったけれど、でも私も発見してたんだよ、という事を自分の慰めのために記しておく。この点で、夏のケアンズの学会の講演要旨がネットで見られるのは幸いである。

いや、ポジティブに考えたらば、こういう先陣争いに巻き込まれるって事は、つまりオレってちゃんとこの分野の先端で戦ってるって事じゃん?老兵は死なずじゃん?

っていうか、これで今投稿中の原稿もリジェクト必至だ。第一発見者じゃなくなったのよりも、今回のデータを生かすために次に出そうと思っていたデータを加えて大幅に原稿を仕立て直すのに手間をかけなきゃいけなくなったのが悲しい。普通のリジェクトなら、すぐ別の雑誌に投げるだけで手間はかからないのになあ。ただでさえ状況の悪いポジションで研究してるんだから、効率の悪い事やってたらダメなのに。。。泣きそう。

追記(2015/11/11、16:01):論文PDFをやっと入手。CT観察はオスの関与を証明する上で確かに重要だったようで、オスの交尾器が切断部位を切り裂いているように見える写真が載っている。これは確かに先方の方が私のスペキュレーションより優れている。。。くうう。ということで、先方にしてみたら、これで私のが先に出てたら、もっと辛かろうから、これで良かったのかもしれない。でもなあ、これがなくても交尾器破壊が再交尾能を奪っているってことは私も証明できてると思うんだけどなあ。

さらに追記(2015/11/11、17:36):論文をよく読んだら、やっぱりこっちでもスペキュレーションから完全に脱せているわけでもなさそうだ。正確に言うと、オスの交尾器は切断部位に突き刺さっているだけで、これを完全な破壊に持っていくためにはやっぱりねじりの力が必要に思える。けど、そこはこの論文では示されていない。あと、この論文には、小さいながら私のにはない瑕疵があるようだ。というのは、交尾器が破壊されない場合は再交尾が起こることを示すために、この論文では交尾を途中で中断させて(オスによる挿入は一回きり)破壊の起きていないメスを作っている。一方、クモのメスは交尾孔と精子を受けるための受精嚢を二つ持っているので、両方の受精嚢を埋めるためには最低二度のオスの挿入が必要。ということで、この論文で使われている再交尾を行ったメスは、左右どちらか片側の受精嚢はまだ空っぽの状態だ。なので、再交尾を行ったメスはまだ埋まっていない受精嚢で交尾しようとしているだけなのじゃないか?というイチャモンをつけようと思えばつけられる。いや、私はそんなことないと確信しているけどさ。これ、私の見ているのとほとんど同じ現象だよ。