海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

二番でもいいじゃないですか

というわけで、ギンメッキのメスの交尾器破壊論文が紆余曲折を経て公開の運びとなった。id:kensuke_nakata:20151110の後日譚だ。

Female genital mutilation and monandry in an orb-web spider

論文の内容はこんな感じ。
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動物ではしばしばオスがメスの交尾回数を制限しようとするのだけれど、多くの場合、その制限方法はそれほど強力ではなく、メスによる対抗策が有効であることが多い。一方で、交尾器の結合は繁殖成功に不可欠なので、メスの交尾器を破壊しちゃえば強力な交尾回数制限策になるはず。で、クモではメスの交尾器に垂体という小さな突起がついてることがあり、これが失われているメスが野外で多く見つかる種がいくつもある。この垂体の喪失が、交尾器破壊によるメスの交尾回数制限策である可能性についてギンメッキゴミグモで調べてみた。

本種は一度の交尾が二回の挿入からなる。未交尾メスの最初の交尾後には9割近くが垂体を失っていることがわかった。垂体は二度目の挿入の後に失われる。そして、垂体を失ったメスでも残していたメスでも別のオスに再度求愛されるとそれに応え、交尾を試みる。その結果、垂体を残していたメスが再交尾に成功する一方で、垂体を失ったメスでは全てが再交尾に失敗した。人為的に垂体を除去すると未交尾メスでも交尾に失敗するようになるので、垂体の有無がメスの交尾能力の有無を決めるスイッチのようなものとして作用しているらしい。

メスは交尾能力を失っていてもオスの求愛に反応することから、本種の多くのメスが一度しか交尾しないのは、メス側の行動ではなく、オスによって制限されているためであることが強く示唆される。そして、その具体的なメカニズムが垂体の除去による交尾器破壊だと考えられる。交尾器破壊は一度行われると、メスが対抗策を持つことが不可能であり、オスによるメスの交尾回数制限として非常に強力であると言える。
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ほぼ同じ内容でCurrent Biologyに出た論文と比べると、向こうは結合中の交尾器の状態をマイクロCTを使って可視化しており、オスがメスの交尾器を破壊する具体的な様子についての証拠を出している点で私のものより優れている。一方で、向こうは私と同じように、垂体があると再交尾できることを示す実験を行っているのだけれど、その方法には微妙に違いがある。私の場合、二回の挿入を伴う完全な交尾が行われてもわずかに生じる垂体残存個体を使っているのに対して、向こうは最初のオスとの交尾を一度挿入が終わったところで人為的に中断させることで垂体残存個体を作り出している(向こうのクモは、一度の交尾で4回程度の挿入が行われる)。ということで、この実験だと、垂体残存個体が再交尾するのは最初のオスから受け取った精子が不足しているからで、垂体除去個体は十分な精子を受け取ったので再交尾をしなくなっている、という可能性を否定できない。いや、実際、クモは受精嚢を二つ持っているので、少なくともこの実験では片方の受精嚢は確実に空だ。これは行動実験的には結構な瑕疵で、意地悪なレフェリーだったら実験のやり直しを要求してくるかもしれないようなものかと思う。私は、ギンメッキの結果を知っているので、この瑕疵が結果に影響しないだろうと信じているけれども、理屈の上では瑕疵は瑕疵だ。一方、私の実験では、垂体を失った個体も残している個体もどちらも二度の挿入を受けているので、上で書いたような別の解釈の可能性を塞いでいるわけだ。

ということで、私の研究は向こうの後塵を拝してしまったのだけれど、それでも向こうの穴を埋めた研究になっているので、それなりの意義もあろうと思うわけですよ。負け惜しみだけどな!