海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

二重にオレ

議会が終わるとヨメサンは有権者向け議会報告会を開くのが常である。どんな質問をしたかどんな議題があったかを話すのだな。基本支持者向けなのだけど、形としてはオープンで、そしたら今回面識のない人が参加するかもという話になって、まあ議員だから人の恨みを買うことも可能性としてはあるわけで、お前ボディガードについてこいと言われる。せっかくのオレの休日の朝なのにうぇーん。あげく着いたらパソコンの電源忘れたからと使い走りさせられて、家まで往復している間に駐車場が埋まってしまい、灼熱の中5分ほど歩かなきゃいけない遠くの駐車場に停めさせられる羽目になった。ヨメサン人使い荒すぎる。結局知らない人は来なかった。で、報告会の中身は私は熟知しているわけで、退屈なので論文を書く。なんか格好の暇つぶしだよね。けど、データがないと書けないところに来て、今データは全部研究室にあるから、もうこれ以上書けないや、ってなってから1時間ほど辛かった。なんか知らんけど最近ヨメサンよく喋れるようになっていつまでも終わらんのじゃないかと思うくらいだ。で、午後は底の抜けた靴の替えを買いに梅田に行こうと思ったんだけど、暑いし嫌だなあとネット遊びしていたら「ブリグズビー・ベア」が良いらしいとあって、調べてみたら、ちょうど今から行けば見れるじゃん。つうことでチケット取って電車に。靴のお店にまず行くと、なんかフィットするのがなくて、また買えないという結果に。あかんがな。気を取り直してシネコンじゃない劇場に。DIY魂、という話。いや、私なんか子供にはテレビも見せないゲームもさせない携帯買わないという、ある意味現代の暮らしと隔離して子育てして来たわけで、人によっちゃあ立派な毒親に見えるかもしれないという自覚はあるわけ。なので今作の、子供を地下室に閉じ込めクマのぬいぐるみのビデオだけ見せて育てて来たって設定は、身につまされるものがあるのね。で、この話、どう転ぶんだろう?ってちょっと身構える部分もあったのね。そしたら、この話、毒親からの独立とかとは全然違う展開になっていって、要は思春期の難しさを乗り越えて社会に受容される道のり、という話になったのでちょっと驚いた。この作品の主人公は、クマのビデオだけで育ったという、とっても変な人という設定だけど、誰だって何かしら人とは違うところがあるわけで、その社会化の話はとても普遍性があるわけよ。これは感動を生む。で、その普遍性あるテーマが突飛な設定で語られる、と、もうこれは傑作の方程式みたいなもの。泣けたのよ。で、この映画では社会化を媒介するのが映画づくりということで、これ、まんまオレの話じゃん、と思ってもう感動もひとしおなの。っていうか、映画作りの話はシネフィルのツボなのよ。思い入れのツボ突かれるわけだから。それはともかく、夜のダイナーでアリエルと邂逅するシーンが繊細でとても好きだ。