海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

島本町都市計画審議会を傍聴してくれた君へ

先月末の島本町都市計画審議会を受けて、ある方が書かれた文章を目にしました。私は基本感情の薄い人間なのですが、この文章には心動かされたので(正直涙出た)、許可を得てここに転載させていただきます。

---

島本町都市計画審議会を傍聴してくれた君へ

令和元年7月31日、わざわざ島本町役場に足を運んでくれてありがとう。

あの猛暑の中、JR島本駅西側の行方に関心を持って傍聴に来てくれたことをとても心強く感じている。そして同時に失望したのではないかと懸念している。

実際多くの大人も失望した。審議会というのは名ばかりで、ほとんど何も審議されなかったことはその耳で聞いたことだろう。中立な立場であるはずの議長がガンガン私見を述べ、この計画は進めて行くべきだという立場を取っていた。これはそもそも議長として相応しい態度ではない。「誰がこの人を選んだの?」と文句の一つも言いたいところだろう。実際そんな委員が多くを占めていた。不勉強なのか意図的なのか、耳を疑うような発言も多く聞いた。

君たちが一番盛り上がったのは、「島本町の田んぼは農薬で死んだ生物の死骸ばかり。破壊された自然しか残ってない」という主旨の発言だろう。でも盛り上がらない所の発言も大事だった。例えば巧妙に省略された「この計画が止まると下水道整備が出来ない」や「開発しないと保育所が出来ない」という言葉だ。議員の発言なだけにそう思わされたかもしれないが、それは都市区画整理事業として田畑を潰して高層マンションを建てなくても可能な話だ。その裏には予算や優先順位の都合があるにしても、出来ないという切り口は君たちを混乱させたように思う。

「この計画が止まっても住民の大半は困らない」と発言した議員もいた。行政はスプロール化と言うが駅前が資材置き場や駐車場になっても大型マンションが建つよりはマシだと思っている住民も大勢いる。

開発されないと困る住民は本当は何に困っているのか、反対している住民の意図はどこにあるのか、本来双方に対立の構図はない。話し合いをして解決の方向を探る力が島本町の行政にないだけなのだ。というより島本町はハナっから解決する気がない。タウンミーティングや意見募集をしておいて「採り入れられる意見はない」と言い切り、無作為抽出の住民アンケートで「これ以上大型マンションはいらない」という意見が大半を占めても「偏った意見」と断定する人を総合計画審議委員に入れている。もっと言うとその中には「アンケートなんて読んでない」と発言した人や、住民意見の採り入れを求める公募委員の発言を「何回も聞いた」と遮る委員までいる。でも行政はそういう委員を放置して変える気はない。今回の審議には駅西側だけではなく百山地区も入っていたが、百山地区についての意見を議長が呼びかけた時に「もうえーわ」と言い放った委員もいる。マイクのスイッチが入っていて百山地区の人が聞いたらどう思うだろう?そういう人も「住民代表」とされる委員なのだ。君たちは会場でもっとひどい発言を聞いているから分かるだろうが、相応しい人が代表というわけではない。それでも都市計画は「決定」され、多くの住民が押し寄せた前代未聞の審議会は幕を閉じた。

次の日の朝日新聞に掲載された淡々とした記事を読んだだろうか?どこにも住民の熱が伝わらないあの記事を読んで、もっと失望したかもしれない。でも報道というものはそういうものなのだ。実際に君たちが足を運んでその耳で聞いたから「こんなんで決まるの?」と驚いたろうけれど、もし来なかったら、知らなかったら、「偉い人が審議して決めた結果」「しょうがない」って気持ちになったのではないかな?実際は偉い人だったか、審議の内容は妥当だったか、君たちは十分知ったことだろう。

少し前の話をしよう。山田町長が当選した日のことだ。新町長誕生の瞬間を見ようと選挙事務所に足を運んだ。山田氏はノーマークだったのだろう、記者も1人しかおらず事務所は静かだった。開票が進んで対抗者の旗色が悪くなると、他の事務所にいた記者たちが押しかけてきて雰囲気は一変した。記者たちは脚立や三脚で陣取りを始め、人が増えて事務所は異様な熱気に包まれた。当確となり歓声が上がったところで記者から山田新町長の写真を撮りたいという申し出があった。そこで新町長はカメラの前に出て喜びのポーズをとることになった。しかし記者の欲しがった万歳ポーズは自分のスタイルと違うと山田氏は辞退した。山田氏兄の「紘平スタイルで行け」という言葉に助けられて「やったぜ!」と片方の拳を突き出すポーズの写真を撮ることになった。ところが「せーの」の掛け声で手を挙げる瞬間に「ちょっと待った」と某新聞社から声がかかり「先に万歳の写真を撮らせて。後でそのポーズで」と言われた。新聞社の強い要求と、再三万歳を固辞するのも大人げないのではという空気になり、新町長と支持者が万歳をしたところで一斉にシャッターが切られた。その後どうなったか?記者たちは写真と記事の入稿に夢中になり、インタビューも始まり「紘平スタイル」はなかったことにされた。そして次の日掲載された写真を見て「山田さんもやっぱり古臭く万歳なんかするんやな。若いしちょっと違うと思ったのに」との友人の感想を聞く羽目になった。些細なことのようだが印象操作は簡単なのだ。この先こんなこととも戦っていかないといけない若い町長の行く末を案じたものだ。話が逸れたけど、新聞記事を読んだだけでは伝わらないことが他でも沢山あると伝えたかった。

島本町の都市計画審議会の後、8月5日に大阪府の都市計画審議会が行われた。300名も入るホテルの一室が会場だった。府庁で開催すると思っていたのでその豪華さにも驚かされた。

勿論と言っていいのだろうか、ここでも十分な審議はなされていない。大阪府の都市計画審議委員30名の中には、町民の立場に立った発言をする人などいないのだから当然の結果だろう。実際のところ何名が島本町に関する分厚い資料を読み、住民意見を読んでくれたろうか?よその町のことを自分の事として考えられるだろうか?最後は口々に飛んだ「異議なし」の言葉で締めくくられた。大阪府島本町に委ね、島本町は都市計画審議会に委ね、都市計画審議会は島本町に委ねて今回の話を進めると言う仕組みだ。どこがおかしいか分かるかな?

君たちは傍聴に足を運ぶという一歩を踏み出してくれた。この先も出来るだけその目で見て考えて、判断を人に委ねるような大人にならないで欲しい。いや失礼、君たちはそれが出来るからあそこにいたんだったね。失望させたことは呼びかけ人の一人として非常に申し訳ないと思う。しかし一方で、出来レースでも負け戦でも「島本町の、子ども達の、住民の未来にとって正しいことは何なのか」考えを巡らせて必死に食らいついていた大人の姿も見たはずだ。その大人たちは君たちが傍聴に来てくれたことをとても喜んで感謝している。広報が伝えない中身を知ってくれることが、未来への一歩になると信じているからだ。そういう意味で君たちはただの傍聴者ではない。

令和元年7月31日島本町都市計画審議会、この日君たちが感じたことを忘れないで欲しい。