海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

元から断たなきゃ

今年の夏はオーストラリアで学会。人生二度目のケアンズである。今回は良いネタを持っていくので口頭発表だ。ということでまだ早いけど準備。できた。国際学会の発表でも三時間ほどでできちゃうオレもすっかりベテラン。できちゃった以上、もうとっとと発表して楽になりたい。

ここ10日ほどいろんな人に話を聞いてもらってわかったことだが、最近の中高の部活では休むと技量に関わらず試合に出られなくなるところが多いらしい。別の言い方をすると、出席すれば下手でも褒められると言うわけだ。で、これって、大学における出席点問題と相似形であるよ。世の大学から出席点を追放する会の会長であるところの私としては、近年文科から出席点を評価に含めるなとのお達しが出たので、オレも商売上がったりで素晴らしいと思っていたわけだが、そうか中等教育でこういうことが行われていたら、授業に出てくるだけで評価されて当然と思う学生が現れるよなと腑に落ちた次第。

それにしても、部活のこのシステムは、餌がないと部員は練習に出てこないという前提があって初めて意味を成すわけだ。だけど、生徒の自主的自発的参加によって行われると指導要領にさえ書いてある部活に、この前提を適用するってのには大変座りの悪い思いがするのだがどうか。まあ百歩譲ってその前提が当たっている面もあるかもしれない。だからといって、そんな生徒のモチベーションを高めるために餌を用いるってのは、子供の内面への過度の介入は避けるべきだと言う観点からすると望ましくないのではないか?そうして外的に高められたモチベーションは短期的には有効かもしれないが、長い目で見ると害を為す面が大きくなってくるわけで、その負の側面を除くことが特に初年時教育の大きな課題になっている私ら大学教員としては、勘弁してくださいと言いたくなる。問題の先送りでしょ、と。さらに言うと、この前提が当たっているとしても、決してすべての生徒に対してではないのであって、もう中学生にもなれば、しっかりしている子は十分しっかりしていて、強制されなくてもやるべきことはちゃんとできる。うっかりすると下手な先生より人間的に優れている場合だって当然ある。出席点的なやり方はこういう人をスポイルしてしまうわけですよ。そしてその尻拭いは、やっぱり私ら大学教員に来る。ホント勘弁してください。