海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

ハートネット

ゴミグモの造網場所の全天写真を撮るべく竹林を回る。ヨメサンに助手としてついてきてもらう。どうでもいいが、ジョシュ・ブローリングーニーズの子供の一人だったとは、ヨメサンに教わったこと。それはともかく、モンベルの長袖をデビューさせてみたけど、なかなか具合がよろしい。もう一着買おうかしらん。午後はデスクワーク。原稿いじったりデータ眺めてみたり。既に手持ちのデータに偶然では説明できないパターンがあることを見いだして機嫌が良い。

原発事故と科学的方法」を読んだ。事故後の放射性物質放出量を著者がどのように推定したか解説し、高校で学ぶ程度の物理と数学の知識があればこのような推定が可能になること、このような事故の時に政府がまともな情報を出してくることは望めないので、市民一人一人が自分である程度の推定をしなきゃ身を守れないと主張する本。これは、科学と市民を繋がなければならないとする科学コミュニケーションで言われる考え方と比べて相当にラジカルだと思う。科学コミュニケーションを言い募る立場には、科学と市民が相いれないものであるとの前提があると思うのだが(だから繋がなきゃならない)、著者は、相いれないはずはない、誰でもできる、というのだから。いや、私も科学の素晴らしさを多くの人に伝えなくちゃ、とか言う言説に含まれる「オレわかってるエライ人」という意識には引っかかるところがないわけではないので、著者の言うところはよくわかる。だけど、ホントにみながこういう推定をできるのかと言うと現状はできないと言う認識もある。で、これが本当にできないのか教育のせいで能力が開発されていないのかはよくわからない。とりあえず学生にフェルミ推定でもやらせてみようか。

原発事故と科学的方法 (岩波科学ライブラリー)

原発事故と科学的方法 (岩波科学ライブラリー)