海の底には何がある

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今日の一冊

木下清一郎著「心の起源 生物学からの挑戦」


記憶を持つ事から時間と空間が生まれ、経験が蓄積され、その蓄積から何かを抽出する能力(この本では統覚と呼んでいる)が生じる事により、心が生じる。そのことにより、母体である生物世界とは異なる原理を持つ心の世界が作り出されている、という本。


この本は「心とは何か」という哲学的な命題を、自然科学に基盤を置いた論により扱っている。下手をすれば、ゴリゴリの生物学者から一笑に付されかねない怖れのある話しの持っていきようは、しかし極めて真摯である。自らも生物学者であるこの著者は自らの寄って立つ根っこの部分に誠実なのだろう。


私は動物行動学者のはしくれで、ということはご多分に漏れずソロモンの指輪を欲しがる口である。ヒトを含む動物の心のありかたを探る作業が、生活の重要な部分であるわけで、この本の前半部分、心を心たらしめているものは何かを論じる部分はとても興味深かった(一方、心の世界云々が出てくる後半は正直キツイ部分もあったが)。


意志の問題も然り。かねてから「動物が最適に行動していると言う事は、その動物に心が無い事を意味しているのではなかろうか?」と思っていた。この書の言葉で言えば、「それは生物世界の法則に支配されているに過ぎない」ということだろう。「動物が不合理な行動をする事を観察してはじめて、心が、自由意志があるといえる。つまり、それは生物世界の法則に反しているからだ」ということだろう。しかし思うのだが、動物は環境についての情報を完全には持たないために不合理な行動を取るわけだ。ということは、不完全情報が自由意志を産みだす原因になっていると言う事なのだろうか?


いや、まあそれはともかく、この本は難しい表現も無く、しかも現代生物学の基本的な事を一応押さえているわけで、理科的思考が苦手な人にとっての生物学の教養本にうってつけではないかと思った。