海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

写し絵

「ラジオと戦争 放送人たちの「報国」」を読んだ。戦前から戦中にかけて、日本放送協会(今のNHK)のラジオ番組がいかに国策放送となっていったかを、資料を丹念にひも解きながら明らかにしていった本。これはすごい本です。なにせ、描かれていることがまるで現在であるかのようだから。っていうか、放送は元から国のためのものと位置づけられてきたということに割と衝撃を受けた。ということで、今もあの状態だというのは歴史がそうさせるのか、と、ある意味変な納得をさせられる。いや、もちろん納得するからといって、それを肯定するわけではなくて、そんなことでは困るではないか、ということも改めて思わさせられた。それはともかく、この本に登場する人物たちの中で一番私にとって重たかった話はインテリの転向の話であって、これを歴史として読んでいるつもりの私だが、自分はこれを自分とは関係のない世界の話として読んでいて大丈夫なのか?ということが大変不安になった。転向した人も、そんなつもりではなかったろうと考えると、つまりそれは今の私も転向の真っ最中である可能性をどうやって否定できようか?という不安である。いや、今でなくてもこの先どんな事態にならないとも限らない。その時に自分は自己利益を優先しない事が本当にできるだろうか?という不安でもあるのだ。と、この不安は、結局のところ社会に依存した生活から発生しているわけで、その脆弱性をこそなんとかしないといけないのであろう、と思った。コメ作ろう。