海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

「アリはなぜ、ちゃんと働くのか」

デボラ・ゴードン著、池田清彦・池田正子訳
ISBN:4102900969


デボラ・ゴードンはスタンフォード大学のアリ学者である。アリは社会を作って暮らしているが、その社会はあたかも全体で一つの生き物のように環境に対して柔軟な反応を示す。彼女は、このような社会レベルでの行動がどのように生じ、それが個々の働きアリの単純な意思決定ルールとその相互作用によって説明できるかについて研究しており、80年代の半ばくらいから膨大な数の研究論文を公表している。この本は、そんな彼女の研究が明らかにしてきた事を一般向けに紹介した本である。


私がゴードンの論文を熱心に読んだのは、90年代前半の院生時代だったが、当時は社会生物学的立場がアリ研究のメインストリームで、そんな中でゴードンとかB.J.Coleとかの複雑系絡み、今なら社会生理学と呼ばれるだろう仕事の数々には大いに共感した。


しかし、こうしてゴードンの論文でない文章を読んでみて、彼女がとてつもないフィールドワーカーであることを初めて知った。17年にわたって、12ヘクタールに及ぶ地域の300ものコロニーの運命を追跡してきたと言うのは、それだけで並大抵の努力ではないが、それに加えて、そのコロニーの餌集めを個体の行動レベルの観察から解明しようというのだ。向こうは大勢の大学院生を抱えているとは言え、私のような怠け者には到底まねできない。いや、どうかな?ポストを保証されて、成果をギリギリと問われる事がなければ、ひょっとしたら。。。


観察しパターンを発見し仮説を立て実験をする。ゴードンの偉いところは、このプロセスをすべて自分でやっているところなのだが、生態研究ではその成果が現われるまでに長い時間がかかる。それまでの時間、どうやって生き残るかということは、この分野に参入してくる若者に共通の悩みだと思うのだが(私なんて結局、ポテンヒット狙いの戦略をとったわけだ)、彼女はどうやってそこを乗り越えたのか、いつか機会があれば聞いてみたいものだ。


それから、訳者後書きがちょっと面白かったので引用する

"進化の理論家でないゴードンは、ほとんどの社会性昆虫の研究者がそうであるように、当然のことながらネオダーウィニズムパラダイムを何の疑問もなく受け入れている。しかし、調査すればする程、シュウカクアリのコロニーの行動は適応的とは言い難いことがわかってくる。(中略)一見非適応的に見える行動にも、きっと適応的な意味があるに違いないというゴードンの希望はしかし、残念ながら無いものねだりの空手形だと私は思う。 "