海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

不正なデータは世界を駆ける

朝起きて、ツイッターなど眺めていると、とんでもないニュースが飛び込んでくる。社会性クモの個性研究の第一人者であるところのPruitt氏の論文に不正なデータがあることがわかり、論文の取り下げが生じており、それが下手すると一本や二本に留まらず(現在は二本取り下げ)、大規模な撤回が生じる可能性が出てきているとのこと。

www.sciencemag.org

げげげげ、クモの個性の話は「クモのイト」で一章割いて書いている大事なテーマ。Pruitt氏の仕事もめっちゃ面白いのでいくつか紹介している。

クモのイト

クモのイト

  • 作者:中田兼介
  • 出版社/メーカー: ミシマ社
  • 発売日: 2019/09/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

で、撤回された論文がなにか見てみると大当たり。その個性の章でとりあげていた社会的ニッチ構築の話であった。で、いろいろ調べてみると、撤回された論文の第一著者が、おかしなデータを発見して撤回の判断をするに至った経緯を綴った記事を発見する。

laskowskilab.faculty.ucdavis.edu

これによると、どうやらPruitt氏から提供されたデータセットの中に、秒数で測った計測値(最大値が600)で小数点以下2桁までがピッタリ一致するものが多数見つかり、他にも100の位の数値だけが違っていて、その下の桁がすべて同じというものまで見つかるのだそうだ。あげく、連続したデータの数字の並び方まで同一であるブロックまで存在することが分かり、第一著者がPruitt氏から得た説明ではそのような現象が起ることがまったく説明できないということらしい。

当初、Pruitt氏は多数の個体を同時に一つの時計で測ったのが原因だ、と言っていた。一方、個性研究では同じ状況に置かれた個体の反応の一貫性を見るために、同じ観測を何度も繰り返して行うもので、この研究ではこれをある実験操作の前と後でそれぞれ5回ずつ計10回行っている。こうして個性の強さに何が影響しているかを調べるのである。で、Pruitt氏の説明だと、まったく同じ数値は同じ観測としてとられたデータサブセットの中にのみ見られるはずだが、実際は異なる観測時のデータの間にも同じ数値が見られるそうなのだ。

ここにいたって第一著者は、自分の論文が信頼できないデータに基づいて書かれていると判断し、撤回を申し出た、ということである(まあ、これは普通に考えればコピペでデータを増やした、もしくは都合よく改変したという事になるから、この判断は当然だろう)。

この事件は、クモ研究の世界だけでなく広く動物行動学、いや自然科学全般に大きなインパクト(というかダメージ)を与えるもので、どうやら先週あたりから界隈では大騒ぎになっていたらしい。私は語学の壁で今日までそれを知らなかったという話だ。

現段階で不正なデータの影響がどの程度の論文にまで広がるのかはまだわからない。が、とりあえず現段階でも、「クモのイト」の記述に根拠がない部分が発生したことは確実なので、編集さんに連絡を取って、明日ミシマ社の「クモのイト」ページにこの件のお知らせを書いてもらうことにする。その内容は以下の通り。

【著者より重要なお知らせ(2020年2月4日)】

本書124ページ11行目から15行目にかけての段落には「集団で暮らすクモでは仲間との付き合いが長くなると個性が際立っていく」ことについて書かれています。このことは、Kate L. LaskowskiとJonathan N. Pruittによって書かれ、 2014年に英国王立協会紀要に掲載された“ Evidence of social niche construction: persistent and repeated social interactions generate stronger personalities in a social spider(社会的ニッチ構築の証拠:社会性クモで継続的に繰り返して起こる社会関係がより強い個性を生み出す)“という題の科学論文を典拠としています。

ところが、この論文が2020年1月29日に撤回されました。データの信頼性が失われたことがその理由です。そのため、本書の当該記述も根拠を失いました。読者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、ここで書かれていることは事実ではないものとして本書をお読みいただきたくお願いいたします。

 

 このお知らせはとりあえず現状のもの、ということで、今後さらに撤回論文が増えると、さらに根拠を失う記述の部分が増えていくことが予想される。少し気が重い。