海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

レゾンデートル

オレがやってる授業の中で、一番役に立ってる手応えのあるのが科学記事を英語で読むやつだ。というのは、学生が血肉化している対英語戦略(嫌いな英語の時間をいかにして誤魔化し大過なく過ごせるかを目的としている)が、内容理解の上ではいかに害悪かを言い募っていると、半期のうちに学生の読解力が向上してくるからだな。で今日は、「内容紹介の際に、日本語の訳文だけ見て話すのはよせ」と訴えた。ズレた日本語になってるとき(学生自身もその事には気がついている)、たいがいは修飾関係の見誤りが原因だけど、日本語だけ見てたってどこがズレてそうなったのかわかんないでしょ、と。これは、その後、英文の単語を一つ一つ見ていって修飾関係を解説する時に、自分が無意識でやってる解読のルールが言語化されて、自分の気付きになるのも愉しい。あと「主語は何?」と問う事も多い。学生は、ともかく英単語を全部辞書で日本語に置き換えてから、その日本語の単語だけ見て、並べ替えで文意を取ろうとする。で、主語が曖昧な日本語的発想でやるもんだから、何の事を言ってるのかサッパリわからない文章を作りだしたりする。なので、主語が判れば、何の話をしているのか大枠を外す事はない、と訴えるわけ。多分その意識が強くなってくれば、日本語の能力も上がると思うのよね。それから、主語が長い句になっているときは、修飾に使われる語を主語だと間違う事があるのだけれど、その場合も英文を見させて「この長い句の中で、無くなると文章が成立しなくなる単語はどれ?」と聞くようにしている。

しかし、こうやって書いてみると、学生が英語読む時の障害ってのは、できるだけ英語から目を背けようとする彼女らの振舞いから発してるわけだ(なぜ英語の授業を受講しているのだろう?)。これはある種の心理要因に発しているところがあると疑われるわけで、こちらとしては学生の英語アレルギーを緩和するために、できるだけニコニコしながら授業したほうが良さそうに思われる。一方で、単に怠けているだけの学生もいるので、そういう相手には舐められないよう強面で出なくちゃならなくって、そのへんの見極めは私には微妙に難しかったりする。

という事で、午前中二コマ授業してからウチに飛んで帰って実験。風が強くて使おうと思ったクモの網が壊れたり、急に寒くなったので実験に使うショウジョウバエが取りやすくなったけれども、ヤツラの動きも鈍くなってきたりしたので、いつもより時間がかかった。もう1ヶ月近く続けている実験だけど、そろそろ打ち止めの時期かしらん。