海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

ひとまねこざる

昨日は錯乱して、のどかな動物行動学分野では先陣争いなんてない、みたいなことを書いてしまった。が、つらつら思い返せば、以前に一度薄氷の経験をしたことがあるのだった。

私は少し前まで網の形、特に円網の上半分と下半分の大きさの非対称性の問題を研究していた。ほとんどのクモでは上半分より下半分が大きいのだが、ギンメッキゴミグモを含む幾つかのクモで、上のほうが大きい逆さまの形の網が見られることを私は発見していた(こうして見ると、つくづくギンメッキというのは変なクモだ)。一方、子グモと比べて成体では、網の非対称性が大きくなることも知られている。

これを説明するのが、成長につれて網の形が完成された形になるから、という発生説と、成長につれてクモが重たくなって下方向に早く移動できるので網も下方向に大きくなるという重力説の二つだ。だけど、これまで観察されている成長と網の形の関係は、すべて下半分の大きい網を張るノーマルなクモのもので、これでは二つの仮説がうまく分離できず、どちらが正しいのか判定が難しい。

だけど、上半分の大きな網を張るクモを使えば、二つを分けられることに私は気がついた。このようなクモでは、発生説が正しければ、成長に伴い上半分が大きくなっていくだろうが、重力説ではノーマルタイプと同じく網は次第に下方向に拡がって対称に近づくと予想されるからだ。で、このアイデアに従って論文を書き(ちなみに重力説が支持された)、Naturwissenschaften誌に投稿したら、再投稿可のリジェクトになったのだ。

そしてその直後のことだ。私の原稿を査読したと強く推定される人が、私と同じく上の二つの仮説のどちらが正しいかを調べた研究を、よりによって同じNaturwissenschaften誌に投稿してきて、あろうことか私に査読依頼が来たのである(以前のことだから書いてもいいよな)。こちらは再投稿可とはいえリジェクトされる可能性は大アリで、大変対応に困ったのだが、私が似た内容の論文を投稿していることを知っているエディターがいいって言うんだからと引き受けた(相手がこちらを指定した可能性もある)。でも状況的には完全ににらみ合いで、先に抜いたら負ける、みたいな緊張感だ(←違う)。半分本気で遅滞戦術かけられる心配もしたので、ともかく自分の原稿を急ぎ修正して査読の締め切り前に投稿。次に査読にかかったら、こちらはノーマルなクモを使っていたのでストレートな証明ではなかったけど、幾つかある問題を直せばオッケーという評価だった。そしたらその報告を送って半日後に正式アクセプトの連絡。晴れて一ヶ月差で両論文とも掲載されたと言う。まあ同じテーマとはいえアプローチが違うから、今回とは違って先か後かがそれほど大きな問題にならず、両者ハッピーと相成ったという。

と言うことで、良く似た研究が同時に行われるというのは、私が特別被りやすい体質とかでもない限り、行動学でも皆無ではなさそうだ。私の場合、この時に厳しい結果にならなかったために、この分野はのどかだと思い込んだだけなのかもしれないね、という。