海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

人生交差点

ダイエーの和田がプロ入り初勝利。この選手、我々夫婦にとっては因縁浅からぬ。


思い返せば5年前の夏。当時私は研究室のオーバードクター4年目で既にして最古参。ヨメサンは修士一回生で、まあ私から見れば小娘だ。まさかこの先結婚して子供まで作ろうとは夢にも思わず、ただ研究室で机を並べていた。そこに隣の研究室から私の友人二人が飛び込んできた。「おい、今から甲子園に行くぞ」。ヨメサンを含め4人で出かける事になった。


なんでも友人の一人の母校、島根県の浜田高校が公立校のくせに甲子園に出て勝ち残っていると言う。今のご時世珍しい事だ。で、誘われるままついていったら相手は帝京高校、私立のスポーツエリート校である。私も公立高校出身だし、なんとなく癪に障るじゃないか。頑張れ公立頑張れ浜田ということで応援したら、強いぞ浜高。粘り強く守り続ける試合展開で非常にハラハラしたが、相手のわずかなミスから生まれたチャンスを逃さず勝ってしまった。応援しているこっちもホンネのところは帝京に勝てるわけないと思っていたから大興奮。地元の応援団の人たちと一緒に「浜田はわしの第二の故郷だー」などと大騒ぎした。そんな浜田高校のマウンドに立っていたのが和田君だ(もうすっかり他人じゃないような気がしている)。


で、興奮も冷めやらぬまま河原町に帰ってきて4人で祝勝会である。夏の甲子園で声を枯らして応援した後だ。もうビールがうまいのなんの。で、その勢いのまま京阪二条駅の横にあるクラブ「メトロ」になだれ込んだ。80’sナイトであった。ヨメサンを除く三人はみな60年代生まれである。80’sをかけられて冷静に踊れるはずも無い、、、はずだったのだが、様子が違う。ヨメサンが一人で踊り狂っているのである。かと思うと突然片隅に行って大泣きする。どうも近々に当時の彼氏といざこざを起こしていて、精神状態が不安定だったらしい。私と浜高出身の友人はそういうのに慣れているので、君子危うきに近寄らずを貫いたのだが、若干一名巻き添えを食らった人がいたな。


で、阿修羅のように暴れるヨメサンを抑えて朝の三時頃に研究室まで戻ってきたら、ちょうど車で帰るところの他の友人と遭遇。新たな獲物に襲いかかるヨメサン。車を止めさせ、ドアをバ塔oン殴り、降りてきた友人のサンダルを奪ってほうり投げては、向こうでサメザメと泣く。そんな乱暴狼藉の限りを尽くした後に、身柄を拘束されて送られていった。


いやーそんなわけで、ただの小娘だと思っていたヨメサンのご乱心は、私に強い印象を残したのだった。和田君は我々夫婦にとっては因縁浅からぬ。その人が今やプロ野球のマウンドで並み居るバッターを打ち取っているのである。感慨深い。


それにしても、そのとき一緒に応援した友人二人が今や帝京グループの大学の一つで教鞭を取っているわけだから、あの夏の日は4人すべてにとって人生が交錯した日である事だ。