海の底には何がある

これは日記だ。ブログじゃない。

ツモレンスク公国

もう授業が終わっているので、研究室に行く必要はなかったのだけど、野帳の残りがあと2ページでどう考えても週末を乗り越えられないことが判明。計画性のないオレを呪いつつストックを取るためだけに研究室へ。せっかくだから学会事務周りのメールをわーっと書いて、水曜日の授業の採点もやっつける。で、こないだ調子が悪かった成績管理ウェブ入力システムが今日はちゃんとしていたので(ってかどういうことや?)、成績も全部つけてこれで前期の講義周りはすべて終わり。バンザイ。結構はかどった気がしたので夕方西へ。U丸さんと合流して某所で秘密の中国文化研究会。イマイチやったっさー。

仮説検証のための実験をしていて、生き物相手だと繰り返しのすべてで都合の良い結果が出るわけでないのは当然だ。で、学生の中には、繰り返しのうち半分以上で都合の良い結果が出れば仮説が立証されたと考える人がたくさんいて、毎度頭をかかえる。いや、そういえば以前にも同じことをここで書いていたような気がするが、あれって多数決の援用をしてるんやね多分。こういうことをする人にとって「正しさ」っていうのはそういうものなんやな、と考えればちょっと納得がいく。人間の外部にあるんじゃなくって、その内にしか「正しさ」はない。いや、「正しさ」だけじゃなくって、すべては人間の世界の内部にしか存在しない。だから、その「正しさ」を判定するのに、人間世界でのやり方である多数決を援用して何が悪い、ってところか。でも、多数決だって決め方の一つにすぎないし、憲法改正は2/3やんね、と言っても不満顔されるだけで伝わらなかったわけだが、それは私の言い方が相手のポイントを外していたからだな。